FX-navi
(1)EU加盟問題
トルコは1963年にEUとの連合協定を締結。1987年に加盟を申請。1996年にはEUとの関税同盟協定が発効。1999年12月ヘルシンキ欧州理事会で、トルコはEU加盟候補国として承認された。
2002年12月のコペンハーゲン欧州理事会では、具体的な加盟交渉開始期日は提示されなかったものの、2004年12月の欧州理事会でコペンハーゲン・(政治的)クライテリアを満たしたと判断された場合「遅滞なく」交渉を開始することが決定された。これを受けて、2003年4月、欧州理事会はトルコに関する加盟パートナーシップ文書の改訂版を採択し、右に対応してトルコ政府もナショナル・プログラムを改訂、加盟交渉開始に向けた改革努力の継続を表明し、憲法改正等の積極的な民主化改革を進めてきている。
2004年10月6日、欧州委員会はトルコとの加盟交渉開始を欧州理事会に勧告。同年12月17日の欧州理事会の決定を受けて、2005年10月3日、EUはトルコとの加盟交渉を開始した。
他方、トルコの国民のほとんどがイスラム教徒であること、トルコが約6,800万人もの巨大な人口を有すること、国民所得水準が低いこと等から、EU内にはトルコの加盟にそもそも否定的な見解が根強い。また、トルコの民主化改革では法整備は進んでいるが運用面では様々な課題が残されているとの指摘もある。このような事情もあり、欧州理事会の決定は、加盟交渉が予め結果(加盟)を保障するものではなく、また、仮にトルコが民主主義・人権分野で重大な侵害を行った場合には交渉を中断することも想定した内容となっている。なお、加盟交渉は、少なくとも10年以上の時間を要するものとされている。
(2)キプロス問題
キプロスは1960年にイギリスより独立。1963年にギリシャ系とトルコ系の間で内戦が発生し、1974年にはギリシャ系によるクーデターが発生し、トルコは1960年のキプロス保障条約に基づく保障国の立場から、トルコ系住民の保護を名目に軍事介入を行い、北部37%を占領した。キプロスは北部のトルコ軍支配地域(トルコ系)と南部の政府支配地域(ギリシャ系)とに分断されている(トルコ系の「北キプロス・トルコ共和国」は1983年に独立を宣言。トルコのみ承認)。
その後、キプロス(ギリシャ系)は、1990年にEUに加盟申請、1998年3月から加盟交渉を開始し、2002年12月のコペンハーゲン欧州理事会においてEU加盟が決定された。これに先立ち、キプロスが統一された形でEUに加盟することを目標に、2002年1月から、国連の仲介の下で両系キプロス間の直接交渉が再開され、同年11月にアナン国連事務総長から両系に対し調停案が提示されたが、結局、2003年4月のキプロスのEU加盟条約署名までに合意に達することはできなかった。
2004年2月、アナン事務総長の仲介により直接交渉が再開、4月24日に国連調停案に対する住民投票が実施され、トルコ系地域ではトルコ政府による強い働きかけもあり賛成票が過半数を上回ったが、ギリシャ系地域で反対票が過半数を上回り、否決された。この結果、5月1日、ギリシャ系地域が単独でEUに加盟し、キプロスの分断状態は固定化することになった。
他方、国連仲介案への賛意を示したトルコ系地域については、国連事務総長により国際的孤立を解消する措置を取るべきとの報告が発出され(同年5月28日)、これを受けて、国際社会の多数の国がトルコ系キプロスの孤立解消に努めており、特に米、英、アゼルバイジャン等が積極的な立場にある。トルコも、トルコ系地域への経済制裁の解除及び国際的孤立の解除を求める外交姿勢を強めている。
外務省より
◆トルコリラで運用している方がたくさんいます!



